2023年12月27日 公開
韓国ソウル出身の作家。京都で学生時代を送った。主にエッセイ漫画、絵画を描いている。代表作は2022年韓国で出版した『グルモン〜文書を書くわんこ』
愛犬・ムンゲくんを描く、韓国のアーティストyeye(イェイェ)さん。ムンゲくんとの日々や作品に表現する想いとは?
目次
- 愛犬のエッセイ本も出版。韓国のアーティスト、yeye(イェイェ)さん
- 愛犬を描き、絵の表現が豊かに。「愛が重すぎる」と感想も
- 愛犬の“今”を表現したいから。何回だって見ながら描く
- 元気がいっぱいのマルチーズの子犬を“養子”に迎える
- 心臓の病気と闘う愛犬のために、点滴を打ってあげる毎日
- 「私たちは恵まれている」犬と共存する素晴らしさを実感
- 飼い主ではなく保護者。愛犬・ムンゲとyeyeさんの関係
- ムンゲとの今を大事に生きる。15歳の愛犬とのこれから
愛犬のエッセイ本も出版。韓国のアーティスト、yeye(イェイェ)さん
白いふわふわの毛並みに垂れた耳の犬。この子は、韓国ソウルで作家・エッセイ漫画家として活動するyeye(イェイェ)さんの愛犬です。
これまでyeyeさんは、愛犬をテーマに、数多くの作品を描いてきました。くすっと笑える愉快なシチュエーションや、哀愁のある姿。かわいいだけではない様々な表現が、見る人の心を揺さぶります。
2022年4月には「ムンゲが文を書くとしたら」というムンゲくんの視点で書籍『グルモン』を出版。SNSでもイラストや絵画を投稿し、日本でも多くの人の目に触れるようになりました。
韓国人のyeyeさんは、日本に深い縁があります。実は京都精華大学に留学し、アニメーション学部を卒業後、大学院のマンガ研究科でマンガと絵本を学んでいたからです。
「仕事で心が折れそうになったとき、家族からのどんな励ましの言葉より、ムンゲの存在に救われました」
そう話すyeyeさんに、15歳を迎えたムンゲくんとの日々や創作にかけるこだわりをじっくり聞きました。
愛犬を描き、絵の表現が豊かに。「愛が重すぎる」と感想も
yeyeさんは大学で動物を短時間で簡潔に描くクロッキー(スケッチ)に力を入れていたときがありました。当時は、動きのある対象を表現するのが得意ではなく、練習をしていたそうです。
そのときふと浮かんだのが、愛犬のムンゲくん。
思い立って実家に帰省した際、ムンゲくんを描いてみました。すると、その絵を見て、先生も「動きがあっていいね」と褒めてくれたのだそう。
「愛情のある対象を描くと、きっと絵が豊かになるんですよね。大切な家族であるムンゲを描くってこんなに気持ちがいいのか、と思いました。この体験がきっかけで、ムンゲを描くようになったんです」
2022年11月には、ソウルで個展を開催。足を運んだ人の中には、自分の愛犬を思い出して涙を流す人もいました。
「『yeyeさんの作品は愛が重すぎて辛くなります』という感想もいただきました。私自身は、明るく楽しい個展にしたつもりでしたが、自分の深いところにある、ムンゲへの深い愛情が絵に滲みでていたようです。自分のありのままを表現しようと心がけているので、それはそれでよかったのかもしれません」
愛犬の“今”を表現したいから。何回だって見ながら描く
これまで何百枚も何千枚もムンゲくんを描いてきたyeyeさん。現在は、大学時代に絵本や漫画を学んだ経験から、絵と文章で表現する“エッセイ漫画”の作家としても活動中です。
「リアルな愛を描きたい」
そんな想いから、ムンゲくんを描くときは、出来るだけ手書きで描きます。さらに、ペンや鉛筆、水彩絵の具など、いろいろな画材を使い、多様なムンゲくんを表現しています。
ムンゲくんを描くときは、たくさん触れ合い、目を見つめ、一緒に寝転ぶのがyeyeさん流。「とにかく観察することが大切」という、恩師の先生からの教えにならっています。
「絵の基本は、恩師から教えてもらいました。それまでの私はカッコつけるような絵ばかり描いていて、デッサンや線画の技術を磨くことに注力していたんです。でも、その先生と出会って、直接触れ、よく観察する“リアル”を大切にした作品づくりを学びました」
一番大事なことは、描く対象物と向き合うこと。
たとえすごく下手な線でも、自分が愛する犬の形だと思えれば、それが正解だといいます。
yeyeさん自身、何回ムンゲくんを描いても、キャラクター化してしまわないよう、気をつけています。
「ムンゲとずっと一緒にくらし、頭の中にはいつもムンゲがいるので、もちろん見なくても描けますが、“今”のムンゲは日々変化しています。だからこそ私も絵にするときは、毎回目の前のムンゲと向き合っています」
今後は、ムンゲくんの作品を通じた、日本での展開も視野に入れています。日本での本の出版や第二の故郷・京都での個展開催など、国境を超えた展開もあるかもしれません。
「大学時代の先生にムンゲの本を送ったところ、『あなた、絵が上手いんだから、これからも頑張って進んでいきなさい』という言葉をかけてもらいました。お世話になった先生や先輩、友人の多くは日本にいるので、日本語の本を出して読んでもらいたい、ムンゲの絵を見てもらいたいという気持ちが強いです」
元気がいっぱいのマルチーズの子犬を“養子”に迎える
yeyeさんとムンゲくんの出会いは2008年のこと。yeyeさんは日本に留学中でした。知り合いの人からお母さんへ、電話が入ったのがはじまりでした。
「母の知人の家でマルチーズが生まれたのですが、子犬の1匹があまりにもお乳を吸いすぎて……。母犬は疲れてしまい、きょうだい犬も痩せてしまい、困り果てて電話がありました。そこで、母がそのよくお乳を飲む子犬を養子に迎えることにしたんです」
その子犬こそがムンゲくんでした。
2008年のバレンタインデー生まれの男の子で、カールが強めのマルチーズ。yeyeさんは突然の犬の“養子入り”に驚き、一目会おうと京都から韓国へ急いで帰りました。
「マルチーズの子犬と聞いていましたが、思った以上に大きくなっていてびっくりしました。吠えながら私の元に走り寄り、顔を舐めてきたことを覚えています。すごく元気な子でしたね」
「ムンゲ」という名前は、韓国語の「綿雲」を意味する「ムンゲグルム」が由来です。
性格は、自己主張が強く、ほかの犬や子どもが苦手。韓国で「マルチーズは我慢しない」という言葉があるそうですが、ムンゲくんはまさにその通り。子犬のころから強い性格をしていました。
でも家族には愛嬌たっぷりのムンゲくん。yeyeさんが大学の長期休みを利用して韓国に帰るたびに激しく歓迎してくれたり、膝の上に座って寝始めたりしていました。
「私が寝ていると顔に座ることもあります(笑)。これは犬の親しみのある行動のようで、私への真っ直ぐな愛を感じて嬉しくなります」
心臓の病気と闘う愛犬のために、点滴を打ってあげる毎日
今年、ムンゲくんは15歳を迎えました。数年前に心臓の病気を患い、今は心臓や腎臓の薬を飲みながら生活しています。
体調がいい日と悪い日を行ったり来たりする日々の中、お医者さんからの提案で、自宅で皮下点滴を始めることになりました。1日1回の注射を、yeyeさんやお母さんが担当します。
「最初のころは針の扱いに慣れていませんし、刺すときの感覚も怖かったです。ビビりな私は『痛がったらどうしよう』と心配していましたが、ムンゲは注射を素直に受け入れてくれました。本当に男前の犬です」
嬉しいことに注射を始めてから、ムンゲくんの調子は徐々に上向きに。その様子を見て、yeyeさんも覚悟が決まり、次第に落ち着いて注射ができるようになったといいます。
「ムンゲが大人しく注射を頑張ってくれて、本当にありがたいです。私は恵まれているお姉さんだなって思います」
「私たちは恵まれている」犬と共存する素晴らしさを実感
「作品を通しても、犬とのくらしのいろいろな側面を知ってもらいたい」と話すyeyeさん。
「人間と犬、種類の違う動物が一緒にくらすってすごいこと。だって、違う種に愛されるって、生物界では普通起こりえないことじゃないですか。そんななかで、犬は生まれた時から人間を愛してくれる。本当に私たちは、恵まれていますよね」
ワンちゃんはもちろんかわいいですが、それだけではありません。yeyeさんもムンゲくんとくらして、悲しいこと、辛いこともたくさんあったといいます。
「私の絵を見て『犬を飼いたい』と軽い気持ちで考える人が出てしまわないかと危惧しています。だから、作品では犬のかわいいだけではない部分も伝えたいと思っています」
飼い主ではなく保護者。愛犬・ムンゲとyeyeさんの関係
ムンゲくんとの日々を振り返り、yeyeさんは「思いやりや愛情が豊かになった」と語ります。特に、動物が関わる事件や出来事に対し、感情移入して考えられるようになったことが大きな変化でした。
これまでニュースを見て「あぁ、悲しいね」で見過ごしていたできごとにも、「どうしたら解決できるだろう」と自分ごととして捉えることができるようになったといいます。
「社会問題を考えるきっかけを作品に盛り込んでみようとか、思うようになったんです。私って本来冷たい人間なんで(笑)ムンゲのおかげで、目と心が育ちました」
仕事がうまくいかなくて、心が折れそうになったとき、そばで支えてくれたムンゲくんに救われた経験もあるyeyeさん。
「家族からのどんな励ましの言葉より、ムンゲの存在の方が大きかったです」
最近の韓国では、『飼い主』という表現は減ってきているといいます。
「私もムンゲの『主』ではないし、この言葉に違和感があるんですよね。今や病院でも『保護者』と呼ぶのが一般的です。私もムンゲの『保護者』だと思っています。でも、保護者っていっても、私の方が保護されている気がしますね(笑)本当に“伴侶”や“家族”が一番似合う言葉ではないでしょうか。お互いに支え合い、保護しあってるという意味で」
ムンゲとの今を大事に生きる。15歳の愛犬とのこれから
愛犬が高齢になると、家族の心は落ち着かないもの。yeyeさんもムンゲくんが10歳ぐらいのころ、病気になるたびに落ち込み、不安で仕方なかったそうです。
でも、ここ数年「私がしっかりしないとダメだ。とにかくムンゲとの今を大事にしよう」と自分に言い聞かせ、自身を奮い立たせています。
「ムンゲがお空にいくことは出来るだけ考えないようにして……とはいえ、ついつい考えちゃうんですけどね。これからもできるだけ辛いことなく穏やかに、少しでも長く一緒に過ごしたい。その言葉しかありません」
yeyeさんは、ムンゲくんを抱っこしてお散歩にも行きます。光や風に当たり、植物の匂いをかがせたり、ときどき歩かせたり、楽しく一緒に過ごしています。
「元気に走っていたころを思い出すと悲しくなりますが、ずっとこのままでいてー! という気持ちです」
「犬の成長は早いけれど、どうかみなさんも悲しいことばかり考えず、愛犬との今日を大事にしてください。これは犬とくらしている人全員に言えることかもしれません」