2024年02月06日 公開
地元岐阜県関市にて2004年3月『和蕎庵』を、2023年に待望の『わん蕎庵』を開店。愛犬・ソアラ・ヒンナ(ラブラドールレトリバー)と、毎日一緒に出勤している。
犬連れ専用の蕎麦屋『わん蕎庵』とはどんなところ? “わんこファースト”のお店経営と、ラブラドールレトリーバー2匹を飼う店主の暮らしとは?
目次
- 大型犬も店内OK! 犬連れ専門の蕎麦屋『わん蕎庵』
- 愛犬と気兼ねなく食事を楽しめる、愛犬家のためのお店を考案
- 犬好き店主・古川さんの夢を詰め込んだ、“わんこファースト”な空間
- 1ヶ月で50頭の来店。多種多様なワンちゃんが集えるお店に
- 接客の第一優先は、「犬を愛でること」
- 「最後の瞬間、絶対に後悔しない」愛犬を迎えるときに誓う
- 言葉が通じないから、理解しようとする。犬ならではの魅力
大型犬も店内OK! 犬連れ専門の蕎麦屋『わん蕎庵』
愛犬と一緒に入れるご飯屋さんを探すのに苦労したことのある飼い主さんは多いのではないでしょうか。特に大型犬や多頭飼いの場合、ペット同伴可能なお店であってもお断りされてしまうことも。
また、一緒に入れても犬連れではない他のお客さんの迷惑にならないように気を遣う必要があったり、リードフックがなければリードをずっと手に持ったまま食事をしなければならなかったり……。
近年ペット同伴可能なお店が増えてきたとはいえ、愛犬も飼い主も心置きなくゆっくり過ごせるお店は今でもとても貴重な存在です。
そんな中、2023年の11月1日のわんわんわんの「犬の日」にオープンした大型犬専門の蕎麦屋『わん蕎庵』というお店があります。営むのは、手打ちそば職人かつ、犬をこよなく愛する店主の古川和美さん。
古川さんは、今年6歳になるソアラちゃんと2歳になるヒンナちゃんという名のラブラドールレトリーバーの飼い主さんでもあります。ソアラちゃんとヒンナちゃんはお店の看板犬を勤め、2匹の頭文字をとって「ソアヒン」という名でお客さんたちに愛されてきました。
古川さんはどんな想いを持って、犬連れ専門の蕎麦屋をオープンしたのでしょうか。“わんこファースト”のお店経営と、私生活について聞いてみました。
愛犬と気兼ねなく食事を楽しめる、愛犬家のためのお店を考案
犬連れ専門の蕎麦屋『わん蕎庵』は岐⾩県関市にあります。『わん蕎庵』は、2004年に創業された蕎麦屋『和蕎庵』の別館としてオープンしました。
『和蕎庵』もペット同伴可能なお店ではありますが、基本的には一般のお客さんをターゲットにしています。そのため、犬連れのお客さんは簡易的なテーブルとパラソルを建てた外のスペースで食事をしてもらっていました。
「いま『わん蕎庵』が建っているスペースは、もともと何もない場所でした。暑かろうが寒かろうが、ワンちゃんと飼い主さんにはそこに座ってもらっていたんです。こんな環境で申し訳ない気持ちでいっぱいだったのですが、それでも『愛犬とお蕎麦食べれてしあわせ。ありがとう』とたくさんの感謝の言葉をもらいました」
犬連れのお客さんにも、もっと良い環境で蕎麦を食べてもらいたい——。
そう思った古川さんは、まずはラブラドールレトリーバーのオフ会を『和蕎庵』で開催します。『和蕎庵』のSNSで声をかけたところ、2020年12月のある日、なんと20頭ものラブラドールレトリーバーと飼い主たちが集まりました。
そこで古川さんが感じたのは、飼い主さんたちが愛犬に向ける愛情の強さと、愛犬も飼い主も心置きなくくつろげる空間がもたらす幸福感でした。
「このとき、犬を連れている人たちが、もっと幸せにご飯を食べられる世界にしようよと、心から思ったんです」
コロナ禍でのペットブームの到来と共に、ペット同伴可能なお店は増えつつあります。しかし、大型犬が気兼ねなく入れるお店が少ないことは、自身が大型犬を飼う古川さんも実感してきたことでした。
「『ペット同伴OK』ではなく、もはや犬連れでないと入れないお店にしてしまおうと『うちの子でも入って大丈夫かな?』とか、『雨が降ってるから行けないね』とか、そんな心配は何一ついらないお店を僕自身が求めていたんです」
オフ会後『こんなに喜んでもらえるなら、もう店を作るしかないよね』と奥様とも意気投合。数週間後にはお店づくりのための打ち合わせを開始しました。「もうノリと勢いですよ(笑)」と古川さん。こうして、犬連れ専用の蕎麦屋『わん蕎庵』は生まれたのです。
「『わん蕎庵』は僕の夢が全部詰まっています。『こうしたらワンちゃんが喜んでくれるのかな?』とか、『こんな飾りの前でワンちゃんの写真が撮れたら絶対可愛い!』とか、内装を考えるのが楽しくて楽しくて(笑)完成したときには、本当に大満足でした」
犬好き店主・古川さんの夢を詰め込んだ、“わんこファースト”な空間
外観はまるで絵本の中に出てくる犬小屋のような形をした一軒家。
中に入ると、バーカウンターのような1mの高さのあるテーブルと椅子が並んでいます。ワンちゃんが机の上に顔をのせて食べ物を食べてしまわぬよう、大型犬でも届かない高さに工夫されています。
テーブルは、犬用バギーにもちょうどいい高さです。飼い主さんが食事をしながら、愛犬とすぐ目を合わせられる高さであることから、小型犬の飼い主さんからも喜ばれています。
床にはワンちゃんが滑りにくい素材を選び、凹凸がなく掃除のしやすさにもこだわりました。他にも、フェンスのあるテラス席に人工芝を敷いて遊べるスペースや、飼い主さんが愛犬の可愛さを写真で自慢できるようなフォトスポットを作るなど、お店のいたるところに“わんこファースト”な工夫が施されています。
1ヶ月で50頭の来店。多種多様なワンちゃんが集えるお店に
2023年11月にオープン後、『わん蕎庵』にはわずか1ヶ月で50頭のワンちゃんが訪れました。特別なプロモーションをしたわけではないものの、オープン前から近所のワンちゃんコミュニティに情報が拡散していたようです。
『ハイテーブル、ハイチェアが大型犬に対してとても良い』
『小型犬のバギーが机の下に余裕で入れるので、他人の目が気にならなくてうれしい』
『和食でとてもうれしい』
『テラス席がちゃんとしてて、うれしい』
『お蕎麦がめっちゃ美味しい、ワンコのおやつがあるのもうれしい』
など、お客さんからは多くの喜びの声が届いています。また、大型犬が多いことや同じ犬種同士が集まる拠点になっているのも、『わん蕎庵』ならでは。
「看板犬がラブラドールなので、やっぱりラブラドールは多いですね。ロットワイラーなど、めずらしい犬種もやってきます。この間はジャックラッセルが7頭一緒にやってきたり、ペキニーズの大群が来たり。もう可愛くて仕方ないです(笑)」
接客の第一優先は、「犬を愛でること」
『わん蕎庵』の様子は、日々公式SNSにアップされています。スタッフさんが写真を撮り、古川さんが投稿しています。
古川さんが、『わん蕎庵』オープン時に「犬好きな人」という条件で求人募集をしたので、『わん蕎庵』のスタッフはみんな犬好きです。
そんなスタッフさんに古川さんが、特別に指示していることがあります。それは、「とにかく、ワンちゃんを触ってきなさい」というものです。
「もちろん注文を取ったり商品を運んだりはしますけど、1番やってほしいのは、ワンちゃんと触れ合うこと。うちはワンちゃんがすべてですから(笑)飼い主さんに『いらっしゃいませ』というよりも先に、ワンちゃんに向かって『可愛いね〜!』と撫でるくらい、“わんこファースト”な接客をするように伝えています」
古川さん自身は『和蕎庵』の厨房での調理があるため行き来できない時間帯もありますが、閉店後の14時半以降はソアラちゃんとヒンナちゃんと一緒にお客さんのワンちゃんもお散歩をする「アフター」をすることもあるのだとか。
「お勘定まで済ませてもらえれば、いつまで居てもいいですよとお伝えしています。正直、『わん蕎庵』は売り上げを得るためにやっているわけではないんです。ベタな言い方にはなりますが、ワンちゃんと飼い主さんの笑顔や優しさ、愛情、家族の笑顔が生まれる場所になりたい。“商売でなく笑売”が『わん蕎庵』のテーマです。だから、居心地がいいのなら好きに過ごしてもらって大丈夫」
『わん蕎庵』が目指す姿は、どんなワンちゃんでも、いつでも、まるで我が家のように帰って来れる場所です。そのためには、「スタッフ自身もワンちゃんの可愛さに癒されながら、何より楽しく働くこと。そうすれば、自然とお客様は付いてきてくれるはず」と古川さん。
実際、古川さんが想像した以上に、ワンちゃんと気兼ねなく過ごせる空間への需要は高く、リピーターさんも増えてきているようです。
「最後の瞬間、絶対に後悔しない」愛犬を迎えるときに誓う
古川さんは小さい頃から犬や猫が大好きでした。いつか自分でも飼いたいという夢を持ちつつも、飲食店を営む手前、衛生面の管理の大変さなどから、あきらめざるを得ない日々を過ごしていました。
しかし、ソアラちゃんを迎えた5年前は、ドッグカフェやペットと泊まれるホテルなどが増え始めていた頃。ペットに向ける眼差しが変わってきている風潮を感じ、「犬を飼うという夢をあきらめて終わりたくない」とワンちゃん探しをスタートさせました。
「そこで出会ったのがソアラです。僕は当初、立ち耳でいかにも犬らしい大型犬が好みだったんですよ。でもパピーのソアラを見た瞬間、垂れ耳があまりにも可愛くてね。一目惚れしてしまいましたよ(笑)」
ペット同伴可能な一軒家の賃貸に住んだのち、「自分たちで家を建てたほうが良いのでは」と考え、ソアラちゃんのためにマイホームを建てることに。
マイホームも“わんこファースト”を徹底しています。お店と同じく、ワンちゃんの手が届かない高さの机や椅子を用意し、大きな段差が少ないバリアフリー設計です。
ソアラちゃんを迎えてからは、毎日ソアラちゃんと出勤し、閉店後にはお散歩をする“わんこ中心の暮らし”がスタートしました。
そんな暮らしを始めた数年後、新型コロナウイルスがやってきます。外出自粛期間によるペットブームの到来により、ワンちゃんの価格も跳ね上がっていた頃でしたが、多頭飼いの願いを叶えるべく満を辞して迎えたのがヒンナちゃんです。
「ソアラ」という名は響きのきれいさから決まり、「ヒンナ」の名は漫画『ゴールデンカムイ』の台詞から来ています。アイヌ語で「食べ物に感謝する」という意味です。まさに、おいしいさを追求する蕎麦屋の看板犬にぴったりな名前です。
「ソアラもヒンナも、2匹の最後を迎えるとき、絶対に後悔しないように過ごすと心に誓いました。この子たちは、自分でご飯を食べられるわけでもないし、何をしても一応リードで繋がれているわけですから、命を守る責任は僕にあります。亡くなるときに『もっとこうしておけばよかった』なんて思うことがないように、やれることは全部やりたいです」
言葉が通じないから、理解しようとする。犬ならではの魅力
ソアラちゃんとヒンナちゃん、そして古川さんはどんな時でも一緒です。
以前は「飲食店だから飼えない」と思っていましたが、今ではむしろ看板犬のソアラちゃんとヒンナちゃんがお店の顔となり、たくさんの犬連れのお客さんを連れてきてくれています。
「2匹を迎えてから、人生のすべてが変わりました。50歳になって、大好きなお蕎麦と大好きなわんこの両方がある暮らしを実現できるなんて、この上なく幸せです」
ワンちゃんと暮らすことの魅力は「言葉が通じないところにある」と古川さんは言います。
ワンちゃんの場合、人間と違い言葉が伝わらないぶん、相手を理解しようと努めたり、相手の気持ちを想像する必要があります。
「言葉が通じないことを楽しみましょうよ、と伝えたいです。たとえば、ご飯を食べた後にぺろっと舌を出したら『おいしかったんだね!』と応えてくれたように僕は感じるんです。こちらの思い過ごしかもしれないけど、そうやって表情を見て気持ちを想像することが楽しいし、飼い主にとってはそれが癒しなんですよ」
やんちゃな時期は家具がボロボロになったり、部屋がうんちまみれになったこともあったそう。しかし、「うんちさえも愛おしい」と古川さん。
「パピーの頃は吠え癖があったりと、何かと大変でした。それを見てイライラしたり怒りたくなる気持ちはわかります。でも、そんな時は『じゃあ、何のためにワンちゃんを迎えたんだろう?』と初心に立ち返る必要があると思うんです」
飼い主はみんなワンちゃんと一緒に幸せに暮らしたいから迎えることにしたはず。決してイライラしたり怒ったりするために犬を飼ったわけではないはずです。
「そう思うと、些細ないたずらやパピー特有の大変さなんて、僕にとっては苦労にも満たないことです。正直、イライラするくらいなら飼わないほうがいいと思いますね」
ワンちゃんと共に暮らすためには、コミュニケーションをとることが欠かせません。最低限のしつけトレーニングを積んだり、時には大人しくお留守番させることも必要になります。
上手くできたときは、たくさん褒めてあげながらご褒美をあげ、上手くできないときは「ワンちゃんと幸せに暮らしたい」という初心に立ち帰り、長い目で成長を見守る。古川さんのようなマインドセットはワンちゃんと心地よく暮らすためのヒントになるかもしれません。